竹籠

ぼうっとした冬ざれのなかを
竹取の翁を探しにゆく

山をめぐりめぐって
とある竹林に板葺きの小屋
のぞくと竹細工をしている
〈竹取の翁といふもの有りけり〉

お元気でしたね
〈もと光る竹〉にはその後お目にかかりましたか

翁がいう
この竹林の奥の
みどりの闇の鬼門のあたりに
深い底知れぬ峡谷があって
奇妙な橋がかかっている
見えている時は渡れずに
見えていない時に渡れる橋

昔物語の古層への吊橋か

橋のむこうに
確かに〈もと光る竹なむ一筋ありける〉
奇妙な橋は渡れるかもしれないけれど
千年をゆうに越える時空を生き長らえて
いまさら子育てなど
〈三寸ばかりなる人〉を育てたくはないのだ
〈いきおひ猛の者に成〉らなくてもいいのだ

ぼうっとした冬ざれのなかで
尺八の音のような口笛を小屋に響かせながら
竹を編む
竹の籠をあむ
花籠をあむ
遊び心の籠をあむ

あたしは花籠をひとつ買って
車にのせ
山をめぐりめぐる

いつのまにか
花籠に
菜の花があふれあふれ
                         
                〈 〉『竹取物語』



石仏

山をめぐるごとに
車にのせた竹細工の花籠に
菜の花があふれあふれ
後部座席は菜の花畑

花籠にはあの〈三寸ばかりなる人〉
いいえ菜の花から生まれた菜の花姫
がころころ笑っているかと
村境に車をとめて
バック・ミラーを覗けば
鯉のぼりをたてた茅葺きの家の
日当たりのいい濡れ縁で
村人たちが集まって
山姥にだかれた
菜の花の匂いみたいな男のあかんぼうが
ころころ笑い
笑い声はふたり さんにん かぞえきれない

菜の花の精霊たちの住処なのか
村人たちは
菜の花の簪をさし
菜の花の薄衣をはおり
久方振りにあう
花めぐりの女も濡れ縁に腰かけて
ちまき食べ食べ

車をとめたここは村境
境に並んでいる
赤子塚 水子地蔵の石仏の群
赤いよだれかけ
赤い千代紙のかざぐるま
わたしは遠い日に
水子にしてしまった長子のことを思いだし
山姥のだいているあかんぼうは
永遠に大人になれない迷い子の群
ころころと笑っているのではない
ころころと泣いているの ね

ふと目をそらす

もういちどバック・ミラーを覗けば
石仏の群の真中に植えられた
一本の薄墨ざくらが咲きはじめ
ころころと音をたてながら咲いていく

さあ もうすこし山をめぐろう
わたしの車の助手席の人が言う

薄墨ざくらの音の村境をこえ
ゆっくりと山をめぐる



今は昔

バックミラーに映った
石仏の群が消えると
山めぐりの車の外は
卯の花腐しのさみだれの晴れ間
谷の沢辺の道を登ってゆく

白い花の垣根をめぐらした今は昔の板葺きの家から
機織の音がする
障子に映っているのはつる女房
羽根を抜きながら
すすり泣きながら
白い光る薄物を織っている


刃物で切り裂かれる白い光る薄物
赤い血が染むつる女房
散り散りにとびちる
白い羽根 白い花 赤
飛びたって
卯の花の茂みに消えてしまった
つる女房

後追いする青ひげの男から
金色の小判が滑り落ちる
いちまい にまい ざらざら
男は空を見上げる
山峡の小さな空を
卯の花腐しのさみだれの晴れ間の

あたしたちは
黙って車の窓を閉めて
そおっとアクセルを踏む

山をめぐりはじめる
なんのために
めぐるために
ただそれだけのこと
意味は問わない

白い花が匂っている



新月橋

あるところに
あるところを
あるいている
花めぐりの女がいるという

あたしは探しにゆく

ゆきかう人が
鏡川に入水した女が
もしや
お探しの花めぐりの女ではございませぬかと

はらたいらデザインの
ステンレスの
新月橋

弓張月 月の舟
月の鏡 月の氷  田毎の月
月の都 
いくつもの月の輪の
新月橋の人だかり

橋をくぐって
黄色い女郎花の
筏によこたわり流れてゆく 女

花めぐりの女か

人だかりが鏡川の岸になだれこむ
ごう雨の濁流に手も足も出ない人だかり

鏡川を泳いでいるあたし
濁流にのみこまれ沈んでゆくあたし
流れてくる女郎花の花筏

筏によこたわり流れてゆく 女
花めぐりの女
〈野山にまじりて〉山姥になった
あたし
花めぐりの女

あたしのなきがらは
黄色にくるまれて粟花になり
流れのひとすじ ひとすじに
いっぽん いっぽんの花 花
あちこち
ちりぢり
濁流に消える
黄色の泡

えいえんにいなくなったのか
あたしは

探しにゆく
月の舟にのって
花をめぐりめぐって

                  〈 〉『竹取物語』
                   *女郎花の異称



花車

月の光の中でたまに針で指先を刺して血を流しながら
縫っている留袖の着物の
裾模様に描かれた花車
女郎花やら 藤袴やら 葛やら ききょうやら
秋の七草の
花車

どこへ行くのだろう
花車に乗ってみる
あたしの車の助手席の人も
そっと花にかくして

ギィギィと牛みたいな生き物が花車を引いて行く
土佐の遍路みち
見覚えのある
見覚えはあるけれど思い出せない
どこなのだろう
どこでもいいのだ
いまさら
ここでなければならない
そんなところはないのだ
ただ月の光の中なのだから 静かに静かに
夏から心にどぼどぼ溜ってしまっている水
水 汚水を流してしまいたいのだ

花車の窓をあけて秋の七草の花の匂いをかぐ
ゆったりと匂いはあたしの心に流れつく
やがて花の匂いは誘い水となって
どぼどぼ溜っていた水が心から流れ出す
汚水が心から流れ出す
遍路みちを流れて行く 霧になる霧になって
月の光にいだかれて かすんで
おぼろにかすんで
鈴の音のような笛の音のような音が
かすかに
あたしの心にしみ込んでくる

ギィギィと花車を引いている牛みたいな生き物が振りかえる
しばらく逢っていない
花めぐりの女だ
かすかにびしょうしながら目くばせする
疲れた額をしている
それでもけなげに花車を引いて行く

鈴の音のような笛の音のような
あいまいな音をたてながら
あたしは花めぐりの女を花車に乗せ
牛みたいな生き物になって
花車を引いて行く

どこでもいいところへ 助手席の人を花にかくして