ひびき

 

晴れあがった初夏のある日の産院から

またひとつ産声があがる

傍らに立っている一本の欅の葉の緑がそれとひびきあって

いっせいに 緑を生まれなおす

 

欅は交信しようとしている

 

葉の内で 

青い外が ひろがってゆく

この大空と同じくらいの広さの外が

葉は その果てしのなさへと 

静かに重なってゆきながら

一枚一枚の 大空となる

 

そのとき 海のむこうの遠い異国の

山々の冠雪の傾斜をすべってくる光の裾を流れる小さな川がくぐろうとする森の  その

はずれにひっそりと建っている煉瓦造りの家の庭に

やはり一本の欅が立っている

 

欅は交信しようとしている

 

葉はどれも空の奥深さの出口になったり入口になったりしながら

風にふるえている

 

今 その家の一室で

ひとりの老人がその生涯を終えようとしているのだ

褪せてゆく呼気 痩せてゆく吸気の かげは

窓辺の光に揺れる葉むらの濃淡に吸いこまれてゆく

 

彼は弱々しいまなざしを

窓外の欅とそれがやさしく背負っている大きな青空へとむける

 

ふと 彼は

その青空のはるかな底から

かすかなひびきを聴く

それはほとんどきこえぬほどではあったが

まさしく 産声であった

 

彼はにっこりと笑う

彼をとりまいている家族の目に光る涙のなかに

赤子の自分が映っているような気がして

 

そして静かに息をひきとる

 

産院から聞こえる産声はますます大きくなって

まっしろな雲たちをもっとまっしろに驚かせている

 

そのときだ 大空の深みで またひとたび

まっくらな光と

まばゆい闇が

静かに 入れかわる

 

 

 

 

 

ぶらんこ                                          

 

真昼の公園には だれもいない 

しんしんとふりそそぐ日のなかに 

凍りついた紐のように立っていると 

どこからか うすい呼吸の気配がする

 

ふと見るとぶらんこが

かすかに ゆれているのだ

風もないのに

 

ぶらんこが 息をしているのか

細かくふるえるような呼気の音

わずかに前へ ゆれ

あたりの空気にうすい陰りが──

ゆっくりと沈んでゆくような吸気の音

わずかに後ろへ ゆれ

あたりの影たちが少しだけ褪せ──

 

いや そうではない

私の貧しい息づきに合わせて

ゆれているのか

私の来し方行く末のまんなかで

もはや振幅のせばまってきた いのちのまんなかで

 

いやいやそうではない

このはるかな地平の果てから聞こえてくる

世界の大いなる呼吸に感応して

 

ゆれているのか

ぶらんこよ

さっきまで小さな女の子の息づかいをのせて

昨日へ 明日へと ゆれていたぶらんこよ

 

この世界が大空いっぱいについている青いためいきには

この世界のあらゆる事情の底からふつふつと泡立ちのぼる幾万幾億のさまざまなこころのくらいあかるい匂いがするか

 

おまえに坐っていた少女のほのかなお尻の温みを

静かにゆらしながら

希望の方へ また

絶望の方へ

そして 是の方へ

非の方へ

 

 

 

 

 

                                                

 

白い と

だれかが ささやいた

この 世界の どこかで

 

しろい

 

その声が

声を脱ぎ

脱いだ声がまた声を脱いで……

闇のむこうへ

 

(行方不明になった)

 

それから 死んだ

それから 笑った

それから 蹲った

 

ある日 風の はるかな上流から

やつれはてて 帰ってきた

ひとつのまなざしが 今

 

しずかに仰ぐ 天上から

声を失った こえ が

白いをなくしてしまった しろい が

いくつもいくつもいくつも

落ちてきた

 

しろいしろいしろいしろいしろい 

 

そして大地に蹲り

笑い

死んだ